2009年01月

2009年01月31日

ランタンフェスティバル

58e1acac.JPG横浜の中華街の旧正月には参加できませんでしたが、
代わりに
長崎のランタン祭りに遭遇しました。

今の時期、
このような春節(旧正月)を祝ういろいろな催しが
世界中のチャイナタウンで行われているはずです。

長崎駅構内の提灯。

巨大なドラゴンのバルーンも。

長崎新地中華街の北門に到着しました。

中華街のメインストリート。RIMG0865

皇帝パレードに、
北京オリンピックで大活躍した
ソフトボールの上野選手の姿が。RIMG0875

皇帝役は、
在日長崎県領事。RIMG0883

皇后役は、モーニング娘。の田中れいなさん。RIMG0885

パレードの終着、湊公園は、大混雑。RIMG0896

先ほどのご両人。RIMG0898

この会場のランタンオブジェが一番大きいようです。
RIMG0890

七福神。

日が落ちて暗くなるのが楽しみ!

次に、別の会場、浜んまち会場へ移動してみました。

ベルナード観光通りの、孫悟空たちのオブジェ。

眼鏡橋もこのように。RIMG0913

中島川公園会場、中央公園会場を回って、また浜んまち会場を通り、
中華街へ戻ってきました。
いつまでたっても暗くならないので、先に食事をしようと思いましたが、
どの店も外にずらりと列ができており、
寒くもなく、椅子に座って待つことの出来るホテルの中華レストランに逃避。

大皿の皿うどん。

豚バラ肉角煮とマントウ。
ひとりで、全部平らげるのはかなり苦しかったです。
やっと、暗くなって、提灯の明かりが浮かび上がってきました。

湊公園のドラゴン。RIMG0938

これは、今年の干支、金牛と
登竜門の鯉を表わしています。RIMG0933

七福神もこのとおり。

これはわかりにくいと思いますが、祭壇のお供え物。
本物の豚の頭部が10個以上、子豚の丸焼きもありました。

長崎駅も、昼間とは全く違った雰囲気となりました。

歩き疲れて、帰りに整体に寄って、駆け込みマッサージ。
尾てい骨をかばうためか、首、肩、腰、足に負担がかかっているようです。
おかげで楽になりました。

ichigodaifuku35 at 23:28|この記事のURLComments(0)

2009年01月30日

夜寝坊

77c67f6e.JPG電話のベルで起こされました。
「もう00時過ぎましたけど・・・。」
びっくりして飛び起きました。
あれからずっと漠睡していたようです。

タクシーを00時に頼んでおいたのがよかった。
目覚ましは鳴らなかった??気がつかなかった??
あのまま寝ていたら、飛行機に乗り遅れるところでした。

それでも、出発の1時間40分前にはドバイ空港に到着。

関西空港行きは混み合っていたので、
中部セントレア空港行きを選びました。

夕食を食べてないのでおなかが空いています。
あちこちウロウロしているうちにレストランで食べるには時間が中途半端で
結局、ドーナツになってしまいました。


機内では、あまり眠れず、ほとんど読書。
帰りは2時間半も飛行時間が短く、日本時間の昼間だったのでからだも楽でした。
でも、尾てい骨は相変わらず。

名古屋から新幹線で帰りましたが、
関西空港に戻るのと、自宅到着時刻はさほど変わりませんでした。
でも、空港から駅まで電車に乗り換えるのがやはりめんどくさかったです。


*「ひとめあなたに・・・」新井素子

ichigodaifuku35 at 22:43|この記事のURLComments(0)

2009年01月29日

バーレーンからドバイへ

b224406f.JPG5時半に起きて、
モスクへ行こうと秘かに考えていましたが、
まだ外は真っ暗でした。

トヨコさんが、「このあたりはアメリカ人が多く、
フィリピン人と見るとすぐ声をかけてくるので
気をつけてね。」と。(わたしはフィリピン人に良く間違えられるのです。)
このホテルのイラク料理のレストランがとても有名らしく、
何度も来たことがあるのでよくわかるとおっしゃっていました。
「昨夜も、出稼ぎの労働者が、ゴミ箱に火をつけて燃やしたのよ。」
こちらも不況で、治安もいいとは言えないみたいです。

モスクは諦めて、朝ごはん。


7時半に空港シャトルを予約しておいたのに、20分も待たされました。

RIMG0824
ついに、今回も車の中から眺めるだけで終わったグランドモスク。

一見、ニューヨークの摩天楼!
かと思う景色。RIMG0830

そして、チェックインカウンターで、
「ドバイ行きは2時間遅れです。」と言われました。
それがわかっていたら、もっとゆっくり朝寝ができたのに、
モスクにも行けたのに・・・。

でも、電光掲示板は「遅れ」とは出ていません。
もしかしたら、定刻かも、と淡い期待を抱いて
ゲートそばの椅子に座って待つことにしました。
それからどんどん出発時時刻が変更になり、遅れに遅れ・・・。

飛行機が飛び立ったのは
定刻より5時間も遅れていました。
スチュワーデスさんに聞いたら、
朝からドバイはものすごい霧で空港閉鎖となっていたそうです。
そういえば、隣りのゲートのドバイ行きは日本人が多く、
便名が、関空〜ドバイと同じだったのでおかしいなあと思っていたのでした。
関空からバーレーンに代替着陸していたのですね。
昨日じゃなくてよかった。
ドバイ空港に到着したのは、もう夕方です。

すっかり気持ちの萎えてしまったわたしは、
軟弱にもまたホテルに入り、一休みすることに。



*「回想の明治維新」ロシア人革命家の手記(メーチニコフ)

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2009年01月28日

AFCアジアカップ2011カタール 予選Aグループ第2戦・屈辱の敗戦≪バーレーンvs日本≫

5a087371.JPGキックオフは現地時間の18時15分。
ずいぶん早く始まることにしたもんですね。
まだ、日が落ちておらず、明るい。
けど、風が吹くと、寒い!!
これで日が落ちたら、どうなるんだろう・・・

日本人専用席に入ったら、びっくりです。
人がいない!!!
10人もいない!!
これじゃ、応援が淋しすぎる。

まず最初にチェックしたのは、ゴールキーパーです。
二人とも、頭に毛があったので、
ああ、残念、スゲちゃんはベンチ入りせず!ということが確定。
せっかく、作ったのになあ。

そして、もう癖になりそうな「おむすび」。
実家で握ってから、30時間以上たっていますが、
この季節は暑くないので、全然問題ありません。

わたし以外に女性がおひとりだけいらして、
「周りが男性ばかりだから、女性どおし、くっついてた方がいいわね。」
とわたしのすぐ後ろの席におすわりになりました。
『ドーハの悲劇』の頃からこちらに住んでいらっしゃるとか。
「わたしは1時間、早退してきたけど、
普通の人は会社があるから、それが終わってからになるので、
皆さん、ちょっと遅れていっらしゃると思うわよ。」

ぼちぼちと人が増え始めた頃、RIMG0792.JPG
オレンジ色のブルゾンに、
玉姫ちゃんのフラッグを持った人が
上がっていっらしゃいました。
思わず、「わたしも愛媛FCのサポーターです。」
胸にはオーレ君の人形もぶら下がっています。
「僕も愛媛FCサポです。
福西、引退するねえ。愛媛FCに来てくれると思ってたのにねえ。」
みんな考えることは同じのようです。

彼が張った「日の丸」。RIMG0796
メインスタンドもあまり観客がいません。

バックスタンドもガラガラです。

日本で放映がなかったので、詳しく書きたいところですが、
もう思い出すのも腹立たしいくらいの内容でした。

トヨコさんがおっしゃるには、
「バーレーンはガルフカップが終わったばっかりで
お客さんは気が抜けて、あまり来ないみたい。」
でも、選手たちはからだができているのでしょうか。
日本代表は、コンディションが上がってないみたいです。
頭で考えていることが、うまくからだで表現できないもどかしさ。

マチャラの術中にすっかりはまってしまったようです。
研究されてるなあ。
ドイツワールドカップのオーストラリア戦のヒディングのときと同じ空気を感じました。

相変わらず、ゴール前では横パスするし、
さあ、これから、というときにボールを奪われ、
長いの蹴ったら、そこには誰もおらず、
ミドルシュートははるかかなたへ、
FW陣は取られたボールを追っかけるのに忙殺されていました。
サイドも全然上がれず、
CKは蹴っても蹴っても全部相手に取られ、
何やってもうまくいかない状態でした。

トヨコさん、
「何よ、こんなの。わたしの1時間の早退分の給料返して〜。」
1時間ならいいですよ。
わたしなんか、貴重な有給休暇を4日も!使ってるんですよ。
こんなゲームを観にわざわざバーレーンくんだりまで来たんじゃなあ〜い!!

Tシャツにカーディガン、ペラペラのスカートに素足のわたしは、
あまりの寒さにガタガタ震えながら、
パシュミナのストールに包まって固まっていました。
考えが甘かった・・・

観ている方はイライラしているのに、
ハーフタイムのピッチ横では、
カメラマンたちが集まって記念撮影。
のんきなものです。

後半、どのように修正してくるか期待していたのですが、
さほどの効果もなく(相手のGKのナイスセーブもありましたが)、
ほんとにこのままゲームが終わったらどうしよう〜と心臓がドキドキ。
「嫌よ、負けちゃ。絶対にバーレーンだけには負けたくない。
負けたら、次に勝つまでずっとバーレーン人に言われ続ける。
そんなの絶対に嫌よ〜。」とトヨコさん。

時間がないのに、
まるでリードして時間を稼いでいるかのように、後ろでパスを回し続ける日本代表。
「負けてんのよ〜。前、前〜。前に攻めて〜。」

ロスタイムは3分でしたが、観客席からは「早く笛を吹けコール」が湧き上がり、
あっというまにゲームは終わってしまいました。
なんという結果・・・

でも、これが現実というものです。
コンディションが悪いなら悪いなりのやり方があるだろうし、
格下相手に翻弄されていては、世界では戦えない。
岡ちゃんのせいというよりは、選手たち自身の心の問題が大きいような気がします。
日本人のDNAは、サッカーに向いてないのかも。

バーレーン人は無料ですが、日本人はお金を取られます。
7.5デルハム(1デルハム=約300円)払いましたが、
あとで聞いたら、7デルハムだったとか。
どおりで、チケットをその場でビリビリに破られてしまったわけだ。
うかうかしていると、すべてこうです。
こっちに向かってくるボールはすべてマイボールと、待っていては取られてしまうのです。
選手たちも問題点は自分たちでわかっていることと思います。
熊本に続き、どうして点が取れないか、十分反省していること思います。
このままではだめだ、ということがオーストラリアと戦う前に明白になり、
よかったと思うことにしましょう。
長友くん、力なく手を振って背を向けた姿が印象的でした。

帰りは、トヨコさんがホテルまで送って下さることになり、
本当にラッキーでした。大助かり!!

「また、バーレーンにいらっしゃるときはぜひ連絡して下さいね。」
と言われましたが、もう当分バーレーンはいいです。

無事ホテルに戻ってきましたが、
お昼寝したのと神経が高ぶっているのとで全然眠くなく、
ごそごそしていたら、タイ式マッサージがあるのを見つけまました。
足裏だけならいいだろうとお願いしたところ、
いきなり、上に乗ってこられ、四の字固めのようなことをされたので、
「ちょ、ちょっと待って。
わたしは、尾てい骨を痛めている。足裏だけでいいから。」
「おお、ソーリー。最初にストレッチした方がいいかな、と思って。」
そのあとは、足裏に専念してくれましたが、
あまりに力が強いので、尾てい骨に響く、響く!!
痛い思いをして、お金払って、何やってんだろ、わたし。

(*チケットは7.5デルハムで正解でした。
 値段も確認せず、言われたまま払ってしまうところが問題ですね。)

ichigodaifuku35 at 23:28|この記事のURLComments(0)日本代表 

バーレーンに到着

a711aa3e.JPG今回こそはグランドモスクへ行こうと、
そこから徒歩圏内のホテルを予約しました。

地図で見ると近いように見えたのに、
ホテルの周りは、
このような殺風景な景色で
外を歩いている人など見えません。

外気温は17℃。
暑くはありませんが、歩くと尾てい骨が痛い。

なので、部屋でおとなしく休憩することにしました。
なかなか寝付けず苦労しましたが、
気持ちよく眠りの底に沈んだ頃、携帯のバッテリー切れの警報音で
起こされました。
そして、ノビオから「そろそろ起きる頃でしょ。」
どうもキックオフの時間を1時間間違えていたようでした。

慌てて起きて支度して、
タクシーを頼みましたが、これがなかなか来ない!
「スタジアムまでだいたいいくら?」とホテルの人に尋ねたら、
「わからないけど、メーターだから。」
なのに、来たのはタクシーじゃなかった。
そして、外に出てびっくり。寒い!!

横目でグランドモスクを見ながら、スタジアムへ。


途中、小さなスタジアムが見えました。
「一昨日、日本代表が練習をしたところだよ。」
とドライバーが教えてくれました。RIMG0783

話しをしていると、どうもサッカーに詳しい。
実は彼、'94のバーレーン代表のサッカー選手だったそうです。
アセアンカップで活躍したとかで、
クリスタルのサッカーボールがついたトロフィーを持った彼の写真を
見せてもらいました。
「だったら、一緒に観戦しましょ。そして、帰りも送って。」
と言ってみましたが、断られました。
 
「日本人では、ナカタがいいね。彼は素晴らしい選手だ。」と言ってくれました。
「バーレーンは、今の監督がいけない。あれはだめだ。」
とマチャラ監督のことをあまり良くは言っていませんでした。
メーターがついていなかったので、値段は交渉したわけですが、
最初から10デルハム(3000円)と強気な奴で、
尾てい骨が痛いわたしはあまりパワーがなく、
言いなりにOkを出しました。RIMG0786.JPGところが、20出したら、
6しかお釣りをよこさないのですよ。
信じられない、ずうずうしさ。
「あなた、10って言ったじゃない。」と文句を言ったら
「じゃあ、1はチップ。」と9しかくれなかった。
こういうしたたかさ(マリーシアと言うのですか)が
日本の選手たちにほしいよなあ。

ichigodaifuku35 at 17:00|この記事のURLComments(4)

経由地ドバイ 

da8e96ad.JPGちょっとガスっているドバイ空港へ降り立ったのは
現地時間の午前05時40分。
まだ夜が明けておらず、外は真っ暗でした。

乗り継ぎの手荷物検査が異常に混み合っていて
そこを通過したのが1時間後。
ほしかった化粧品を探し回っていたら、
もうほとんどゲートオープンの時刻になりました。

待合室で、ごぞごそ取り出したのは、
大阪で食べ損ねた
いちご大福と青梅大福。
ブラザートムが持たせてくれました。

ドバイ到着前に朝ごはんが出て、
ドバイを出たあとも朝ごはんが出ます。
エミレーツ航空のオムレツは大変おいしいです!
おなかが空く暇がありません。

ichigodaifuku35 at 07:30|この記事のURLComments(0)

2009年01月27日

バーレーンへ向けて!

0c18826b.JPG松山空港から伊丹空港、
陸路を移動して、
関西空港から、まずドバイへ旅立ちました。

ひと頃はいつでも満席だったのに、
今夜は、ガラガラ〜。

尾てい骨が11時間のフライトに耐えられるか心配でしたが、
なんとか大丈夫でした。
でも、ズキズキ感は消えません。


ichigodaifuku35 at 21:30|この記事のURLComments(0)

2009年01月26日

お取り寄せ鍋

1d100bdb.JPGやっと、トマト鍋の材料が届きました。

大きなダンボール箱に入っていましたが、
中身は少し。
これで2人前です。

5人で4人前くらいかなあ、と思って注文したのに、
見ると、なんか足りないようで不安になったので、
スーパーマーケットへ追加の材料を買いに走りました。
トマト、玉葱、サンチュ、豚肉。

初めてだったから心配で、すべてお取り寄せしましたが、
「出汁」と「たれ」だけあれば、
あとは、普通の材料で間に合うような感じでした。
同じ四国産なので、ほとんど一緒。

最後は、麺のあと、「出汁」がまだ残ったので、
おもちを入れていただきました。

話し変わりますが、
松山空港へ迎えにきてくれたブラザートムが
開口一番、「福西が引退するらしいよ!」

韓国のクラブチームと愛媛FCからオファーがあったのに
それを断って、引退することに決めたとか。

最後は愛媛FCに戻ってきて恩返しをしてくれる、
と愛媛県人は信じていたので、ちょっとショック・・・
やっぱりJ2はプライドが許さなかったのでしょうか。

ichigodaifuku35 at 23:28|この記事のURLComments(0)

速報

格段によくなってきました。
まだ痛いですけど、昨日と比べると、
かなりいいです。
これなら、バーレーンにも行けそうです。

ichigodaifuku35 at 08:26|この記事のURLComments(0)

2009年01月25日

1歩も出ず

365ecd83.JPG一夜明けましたが、
症状はさほど変わらず。
何が一番きついかと言うと、
座っている状態から立ち上がる時。
何かに掴まってじゃないと自力では無理。
中腰ができません。

お昼に、あの冷麺のお店で、きょうは温麺を食べるつもりでした。
窓から、お店も見えているのです。
でも、歩けません。
痛い。RIMG0731.JPG






仕方なしに、ホテルの和食屋さんですませることにしました。
食欲だけはある。
それがせめてもの救いです。

ichigodaifuku35 at 23:28|この記事のURLComments(0)

2009年01月24日

お尻が三つ

お尻をかばうせいか、
背中バリバリ、足パンパンなので、
温泉に入ってマッサージをしてもらおうと
張り切って(?)いましたが、
あまりに寒いのと、予想以上に症状が重く、
わずか5分の距離さえも歩くのが苦痛で断念しました。

左側を下にしてベッドに横たわり、
痛いところをさすろうとして右手を当てて、びっくり〜!
まるでお椀を伏せたように腫れ上がっているではありませんか。
もうひとつ、お尻ができてしまいました!!

立っているときは、少しぶよぶよするなあ、くらいの感じでしたが、
横になると、こんなになっているんだ。

右側を打ったということですね。
でも、尾てい骨の少し上も痛いのです。

こんなんで、バーレーンは大丈夫でしょうか???



ichigodaifuku35 at 23:28|この記事のURLComments(0)

続報

昨日より、少し痛みは和らいだような気がしますが、
くしゃみをしても響きます。


ichigodaifuku35 at 09:08|この記事のURLComments(0)

2009年01月23日

「朝メシ前」のはずが・・・

6be23331.JPGルーがニコのトイレシートをビリビリに破いてしまい、
我慢できなくなったニコは
玄関に粗相をしてしまいました。

朝ごはん作りをイギーに任せて、
モップ片手に玄関へ。
父の車椅子に対応するため、
玄関に傾斜のついた板を置いているのですが、
そこにたら〜とやられたので、それを水洗いすることに。

ゴシゴシこすると、だんだんきれいになり、
昨日の雨も上がって、寒くもなく、
「これぞ、まさしく、朝メシ前だ!」とご機嫌でしたが・・・

ようすを見に来たイギーが
「仕事場の方に水が流れてなあい?」と言うので、
「じゃあ、一旦、水を止めようか。」
と一歩足を踏み出したそのとき、ツルン、と滑って、見事にお尻から落ちました!!!
痛いのなんの・・・
しばらく起き上がれませんでしたよ。

イギーのぼろぼろのサンダルを履いてやっていましたが、
何回か滑りそうになったので、気をつけなければ、と思っていたのに、
やっぱり、やってしまった・・・
サンダルは、お仕置き(?)として、
そのままゴミ箱に捨てられました。

イギーが「骨に異常がありそう?」「それはないと思うよ。」とわたし。

でも、いつまでたっても痛みが消えず、
歩いたり、階段を下りたりするのが苦痛になってきました。

松山駅に迎えにきてくれたブラザートムが、わたしの歩く姿を見て、
「どうしたの?」

座るのが一番きつく、お尻半分浮かさないといけないので、
だんだんしびれてきて、もう片方のお尻に体重移動するのも、これまた大変。

尾てい骨にひびが入っていたら、どうしよう?
真っ先に頭に浮かんだのは、
バーレーンまでの飛行機に耐えられるか!ということです。
這ってでも行かねば。

「レントゲンを撮ってもらいなさい。」というノビオの忠告を無視して、
いつものカイロプラクティックの先生のところに駆け込み、
治療をしてもらいました。
まだ、痛いけど、「頑張って仕事するしかないでしょ。」
と言われました!!
ということは、骨に異常がないのか。よかったです。でも、痛い


*「幕末インテリジェンス 江戸留守居役日記を読む」白石良夫

ichigodaifuku35 at 20:23|この記事のURLComments(0)

2009年01月22日

鬼の居ぬ間の・・・

09e4d76e.JPGルーは春まっただなか。
一日中、ニコを追っかけまわしています。
ニコは、わかっているのか、わかっていないのか、
適当にあしらっているように見えます。


きょうから5日間、
両親が海の見える老人ホームで休養することになっていましたが、
父が風邪を引いて、ちょっと熱があり、
母も頭が痛い、しんどいと言って、朝ごはんを食べたあと、
またベッドに戻って寝てしまい、
二人を送り出してから、帰ろうと思っていたわたしは、焦りました。
夜、“LEGEND”のコンサートに行くことになっていたのです。

6時半に銀座に行くためには、
13時35分の飛行機に乗らなければなりません。
そのためには、11時4分の電車に乗らないと間に合わないのです。

ヘルパーさんは帰ってしまいましたが、
ケアマネジャーと近所の方が手伝いに来てくださり、
大わらわ。
雨がザアザア降る中、やっと出発したときには、もう時すでに遅し。
諦めました・・・
(くみさん、ドタキャン、本当にごめんなさい。)

二人がいない間に、大掛かりな片付けをしよう、と
イギーが物置と納戸の整理を始め、わたしは彼らの寝室を担当。

竹細工の作りすぎで腱鞘炎になってしまったイギーと
昨夜もほとんど寝ていないわたしが黙々と大掃除。

気がついたら、夕方で、7時すぎて、やっとひと段落。
それから買い物に出て、
夕食は・・・
ファーストフードを主張したイギーを制して、
それならまだその先の回るおすし屋さんの方が。

地物(明浜産)のウニ

炙りサーモン

石垣貝
ニシ貝というものありましたが、写真撮り忘れ。
刻みハマチの軍艦

地元の新鮮なお魚が安く食べられるのに、
でもやっぱり、お客さんの入りはイマイチのようでした。

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2009年01月21日

九州から四国へ

c2c04f13.JPG熊本から、2時間ちょっとで臼杵の港に着き、
そこでカヨコさんたちとお別れしました。

「歩き」の乗船客はわたしひとりで
車もトラックばかり4、5台のみ。
こんなに少なくていいのでしょうか?
(↑船内のようす。後ろ姿の男性は、スタッフです。)
出航は00時55分。
2階の2等船室は、貸切でした!
2時間20分で、八幡浜港に到着です。
それが、朝の3時15分。
まだ真っ暗。

イギーが港まで迎えに来てくれることになっていました。
熊本からどのくらい時間がかかるかわからなかったので
何時の船に乗るか決まったら、メールするね、と言っておきました。

大分へ向かう車の中からメールしたら、返事がありませんでした。
前の晩、ルーがうるさくて眠れなかったと言っていたので、
早めに寝て、夜中に備えているのかな、と思っていました。

到着30分前に電話をしたら、ドライブモードになっています。
きっと、こちらに向かっているんだなあ、とまたまた楽観的に考えていました。

でも、何回かけても繋がらないし、
もしかして、寝こけてしまったのか、と、やっと不安になってきました。
どうしよう。
暖房のない、広い待合室で、ぽつねん、と座って待つこと、2時間20分。
ついに、イギーは現れず、
仕方なしにタクシーに乗って、JRの駅へ。
ここは、高校時代、3年間通った駅ですが、
こんな大漁旗は当時はありませんでした。
始発は05時55分。
お客は3人。1両のみのワンマンカー。
こういうのもなかったなあ。

6時半ごろ、やっと家にたどり着きましたが、
玄関の鍵は閉まったまま、チャイムを押しても誰も出てこない。
寝室のガラス戸をたたいて、母を起こそうとしましたが、反応なし。
庭に回って、やっと気付いてもらえました。

ほとんど寝てないのに、コートも脱がず、そのまま犬のお散歩へ。
我ながら、なんでこんなに元気なんだろうと思います。

少し、仮眠を取りたかったのに、
とうとう一睡もせぬままでした。

きょうは、1日遅れの母のお誕生日祝いをする予定でした。
手違いで、トマト鍋の材料が間に合わなくなり、
じゃあ、いつもの餃子にするか、ということになり、
「しこんどくよ。」とイギーがメールくれたとき、
おかしいな、わたしも朝帰ってくるから一緒に作れるのにな、
と思ったのでしたが、確認しなかったのがいけませんでした。
イギーは、3時というのは朝ではなく、午後だと思い込んでいたらしいのです。

とにかく、みんなで餃子を作り、

ケーキをいただいて、
無事、きょうという日が終わったのでした!

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